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彼女たちの空間、鳩子の時間

公園入口シーメール(しぃめぇる)さんたちの画像を見ると、あれだけ完璧なボディなのに、なぜ一ヶ所だけ残しているんだろうと、少し不思議に思いました。それぞれの事情や考えがあってのことなんでしょうけど。
でも、あの遺物を取り去ったあとも、これまで通り写真集のモデルなどで収入を得ていくとしたら、ライバルはあまりに大勢の純女性たちになりますから、きびしいのかもしれませんね。

鳩子の詩についても、似たことが言えるような気がします。
つまり、100%女性で現在の瞬間を書いても、平凡すぎるものしか書けないのです。
彼女たちの写真は、空間的な遺物というか、そういう二つのものの交錯なのですが、それに対して、鳩子の詩には、時間的な交錯が見られるものが多いです。過去・現在・未来を交錯させることによって、普通でない変な女?の姿が見えてくるようになってます。
それでどうにか詩らしく見えるわけですが、時間軸でとらえたときに、やっと自分が見えてくるわけなんでしょうね。


女装(じょそう)探偵・児島由加

陽射しの中の紫陽花 アパートの二階の窓の白いレースのカーテンが、朝焼けにほのめいて、淡いオレンジ色に染まり、ゆらゆらやさしく揺れている……。そんな朝に、窓の下の樅の老木は、風に緑の小枝をくねらせ、ときどきぱたぱたと窓をノックしている。
 やがて軽やかなバロック音楽が、アパートの部屋に流れ出す。部屋の住人が目覚ましがわりに時刻をセットしておいたFM放送の番組の始まりだ。ベッドの白い毛布が、くねくね動き始める。住人のお目覚めである。
 住人の名は児島由加。私立探偵である。探偵とはいっても、毎朝この時間に探偵事務所に通って、サラリーをいただいている身分なのではあるが……。

……というのが、20年近く前に書き始めた探偵小説の書き出しなのです。続きは長くは書けずに、すぐにあきらめたものです。
「FM放送」というのが時代を感じさせますね。あのころはまだFM雑誌というのがあって、2週間の番組表が載ってましたよね。


ハトリア

遺跡?UFO研究家の人がいうには、南米に「ナスカの地上絵」というのがあって、広い平原に大きな鳥の絵が描いてあるのは、UFOが上空から見るときの目印なんだそうです。で、ナスカのほかにもローマ字で「ASUKA」を名前に含む地名の場所は、古代からUFOにとって重要な場所なのであって、日本の飛鳥(ASUKA)や春日(KASUKA)のほか、アラスカやマダガスカルなんかも重要なんだっていうお話。

そこで、ハトという地名を調べようと思いましたが、ちょっとひねって、ATORI(アトリ)を調べてみました。

服部(はとり) 機織りの機織部のこと
香取(かとり) 千葉県の地名です
名取(なとり) 宮城県の地名。アイヌ語で湿地の意味?
平取(ひらとり) アイヌ語で「崖の間」の意味?。

西日本には見つかりませんでしたね。ATORIは縄文系なのかもしれません。
外国の地名はちょっと見つからなかったのですがこんなのはどうでしょう。

ベアトリーチェ ダンテにとっての永遠の女性の名前です。

……でも、トルコのほうでしたか、アナトリアとかアマトリアという古い地名がありました。「アルス・アマトリア」は別の意味になります^^;
「〜トリア」という地名は多いと思います。

HPの名前は「ハトピア」でなく「ハトリア」でも良かったかも?
Hatopiaのことを「神聖鳩子帝国」なんて漢訳してくれた人がいたのですが、そういう古い感じにはハトリアのほうがぴったりくるかもしれませんね


月夜の影踏み

月夜の鳩子の子どものころの記憶にある、影踏みの遊びは、二人くらいで向き合って、影を踏まれないようにからだをかわしてよけながら、ときにはフェイントをかけたりして、相手のすきをついて相手の影を踏む、というものでした。「影踏み鬼」といわれるような、数人で鬼ごっこのように鬼が入れ替わって行くというのではありませんでした。

影踏みについて、古い本から引用した説明があります。
http://kodomo-kai.net/kids/modules/silver6/index.php?id=9

「月夜の遊戯にして、月の光にて地上に印する影を互いに踏み合うにて、我が影は人に踏まれざるようになし、人の影を踏まんと競い廻るなり。このとき児童は手を打ちつつ互いに左の如く唄う。
 影やどうろく神(じん)、十三夜の牡丹餅、サア踏んで見ィしゃいナ。」

影踏みは「月夜の遊戯」だと書かれています。神秘的なイメージがわいてきます。

「どうろくじん」とは道祖神のことですが、道祖神の影のように、十三夜のぼた餅が道に落ちてるみたいに真っ黒に見える、というような意味になるでしょうか。
昔話で、道に落ちてたぼた餅を拾って食べようとしたら、ぼた餅ではなくて馬の(ふん)だったという笑い話があります。「牡丹餅、サア踏んで見ィ」というのは、運が悪ければ馬の(ふん)、それでよければこの黒い影を踏んでみな、という意味になって、遊びのスリルも満点です。

大人たちは、夜道で自分の影を踏まれることを不吉だと考えていたようです。「魂を抜かれる」とも言いました。影は、その人のもう一つの魂なのでしょう。分身でもあります。

男の子が女の子の影を踏むと、女の子の魂を手に入れることができるのでしょうか。それはわかりません。
それとも、男の子の影は、男の子の中に潜む女の子の心なのかもしれません。絶対に取られたくないと思う子もいるでしょう。

影を踏まれないように、30センチくらいからだを反らしてよけたつもりでも、影は20センチくらいしか動いていなかったということもあります。やっぱり何か別の種類の魂だからなのかも


影踏み歌

窓のいろいろ考えて^^; この日記ページの新しいタイトルは、『鳩子・影踏み歌』とすることにしました。御意見をいただいたかたには色々ありがとうございました。

子どものころの遊びには歌がついてるものがありますが、手鞠歌、縄とび歌など、いくつかおぼえています。調べてみると、お手玉歌、羽根つき歌、あやとり歌、その他たくさんあるみたいです。このページにもいろいろ載っています。「かげふみ歌」は載っていなかったのですが、広い日本のどこかには、あるのかもしれませんね。

そこで検索で探してみました。

海の公園たよりさんの「俳句」のページ「2004年1月」に
> 冬晴れや影踏み歌のリフレイン
というのがありました。いい俳句ですね。この人なかなか良いと思います。この俳句では、実際に子供たちの「影踏み歌」を耳で聞いてというより、イメージとして「影踏み歌」という言葉を使ってらっしゃるような感じではあります。

それから、野口雨情の童謡に「影踏み」というのが見つかりました。ちょっと引用してみます。
  影踏み   野口雨情
お出し お月さん 影法師お出し 出そか影法師 踏まそか とんと
お出し 影法師  影法師お出し 出した影法師 踏んだか とんと
お出し お月さん 影法師お出し お出し影法師 踏むからお出し

近代の詩人の童謡ではなくて、もっと古いわらべうたとしての「影踏み歌」はあるのでしょうか。ネット検索では、上に書いたことしかわかりませんので、もっと専門的な本を調べないといけないのかも。


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