「ピアノ」のお話
小学校二年生になってまもなくのころ、学校の音楽の時間に、先生が「家にピアノのある人!」と言ったので、何人かの女の子が手を上げたのでした。
私も手を上げると、先生はジロっと私のほうを見て、「卓上ピアノではありませんよ、本当のピアノですよ」と言いました。私はタクジョウピアノの意味がわからず、家にピアノがあると思っていました。こういう問題は家庭の経済状態と関わってくるためなのかどうか、先生はそれ以上は言いませんでした。
卓上ピアノとは、一種の玩具のピアノで、2オクターブほどの小さな鍵盤を押すと、それなりの音はするものでした。あとから思えば家にあったのはまさしくこの卓上ピアノです。姉と二人でしょっちゅう弾いて遊んでいたのでした。家ではそれをピアノと呼んでいました。
私はウソをついていたわけではないのですが、にせもの呼ばわりされたのでは、ピアノだって可哀想というものです。なにも好き好んでまがいものに生まれてきたわけではないでしょうに。
人に聞いた話ですが、ある男の子の家にはウルトラマンがいるそうです。人形や玩具ではなく、本物のウルトラマンだと、真面目な顔で言うので、友だちみんなで見に行ってみようということになったのだそうです。そのあとの話は聞きませんでした。
匂いガラス
子どものころ、匂いガラスというのを持っていた子がいました。
匂いガラスというのは、もっと古い世代の人には思い入れの深いもののようで、唐十郎という人がお芝居にも書いてますし、20年以上前ですがテレビドラマにもなったことがあります。あのドラマは見た記憶があります。
バレリーナをめざす少女の持ってる匂いガラス。ある大人の女性が持ってた匂いガラスもあって、少年は2つの匂いガラスを見たことになるのですが、少女のセリフに
「アタシのとどっちがいい匂いがした?」
というのがあって、これは男女の深い関係を匂わせる言葉ではあります。
"LOVE"という文字のVのところにガラスでスジを引くと、VがNになってLONEに。つまり、愛が孤独に変わるとき……。
で、子どものころに見た匂いガラスには、それほど魅力は感じなかったのです。ガラスではなく、アクリル系の樹脂のようで、机などにこすりつけると削れたところから匂いが出るわけですが、机を傷つけるようなことはいけないとされる時代になってましたし、ガラスではないプラスチックみたいな点も、ひっかかりを感じたのでしょうね。
でもドラマはかなり良い出来のものだったと思います。グーグルで「匂いガラス」で検索して1番のページでドラマの映像の一部が見れるようですが、中島みゆきの歌も聞こえます。右サイド下の「検索」で"www"にチェックを入れて検索してみてください。
石橋蓮司の役もよかったですね。
好きな童謡30
日本の歌百選というのがあるそうなのですが、リストをざっとながめると、なんであの歌が入ってないの?とひとこと言いたくなる人は多いかもしれませんね。
そこで子どものころ好きだった童謡を中心に、30曲を選んでみました。百選には入っていない歌ばかりです。特に★印の歌が落選とは、選ぶ側に問題あり?。
30曲を入替えれば、自分のベスト100ということになりますよね。
青い目の人形 持ってましたか?、アメリカ生まれのセルロイド
赤い河の谷間 カントリーにひかれるきっかけの歌でした
赤い鳥小鳥 赤いのは赤い実を食べたからというのが好き
秋の子 秋にはすすきの中でも遊びましたね
アニーローリー 詩は難しかったですが曲がきれいです
あの子はだあれ なんともいえない懐かしさ
雨 遊びに行きたし傘はなし、そういう日もありました。
あわて床屋 蟹の床屋さんというのが面白かったです。
おおブレネリ アルプスの羊飼いの娘の歌
お菓子と娘 お菓子の好きな子でしたから
おしえて アニメのハイジの歌です。
おつかいありさん 急いでこっつんこ、あわてなさんな
カチューシャの唄 神に願いをララかけましょか、ララというのがいいです。
金糸雀 ★ 歌を忘れたカナリアとは誰のこと?
鐘の鳴る丘 とんがり帽子の時計台を見ると思い出します
故郷を離るる歌 ドイツの民謡ですね
子鹿のバンビ 三拍子のテンポの心地よさ
ゴンドラの唄 ★ 命短し恋せよ乙女、大人の歌です
すみれの花咲くころ 宝塚歌劇のテーマです
たなばたさま 笹の葉さらさら、七夕は楽しみでした
鉄腕アトム ラララ科学の子、ラララというのが良いです
てるてる坊主 明日天気になれと思ったことは何度もありました
野菊 気高く清くというとこが好きでした(文部省の解釈とは別に)
野ばら ★ ドイツの文豪ゲーテの詩ですよね。
初恋 砂山の砂に…という石川啄木の短歌に曲がついたもの
花嫁人形 ★ なぜ泣くんでしょうね。
鞠と殿様 手がそれてどこまでも飛んでいく鞠の長編ストーリー
宵待ち草 竹久夢二の詩ですね
りんごのひとりごと 北国で生まれたリンゴの自叙伝です
ローレライ 美しい妖精が舟人を惑わせるという伝説の歌
敗者を讃える
NHKで加山雄三特集をやってました。中学生のころの写真がなかなかの美少年。昭和20年代のゆったりとしたズボンに、ハイウエストのウエストがきゅっと細くて……。当時の男性ズボンについては、忘れな草紙の「マッカーサーのベルト」で書きました。その後、同じ時代の吉行淳之介のハイウエストのズボンの写真を見たことがありますが、やっぱり中学生の美少年にはかなわないでしょう。
さて番組で、加山雄三の『海 その愛』という歌の、「海に抱かれて 男ならば たとえ破れても もえる夢を持とう」(岩谷時子・作詞)という歌詞に、最近にはないものを少し感じたわけです。「たとえ破れても」といったリスクのことについてです。
最近の歌は、とにかく「夢をめざしてがんばろう」というだけで、その夢というのもとても不確かで、とにかく永遠にガンバルしかないようなものになってしまいました。どれだけ近づけたかもわからないような「自己実現」の環状線に乗せられてぐるぐるまわっているだけのような……。失敗やリスクのことは、フタをかぶせて見ないようにしてばかり。
「望みが奪われても」とか以前のフォークソングでは、男性の歌は厳しい現実に挑むものも多かったのです。
そして、その結果はどうあれ、挑戦した男たちの勇敢さは、彼らが年老いても、永久に周囲からの尊敬の対象となったのです(ここが重要です)。「老兵は死なず(?)」というわけなのでしょう。
一仕事終わったら田舎に小さな家を買って恋人と暮らそうという古いストーリーの中には、そういうチャレンジと老後のことが前提になっていたわけです。
でも今はそういうことがなくなりました。勇気があっても結果がダメだった人は尊敬されません。なぜそうなったのかはよく分析してみないとわからないのですが、でも敗者をたたえるということは、とても大切なことだと思いました。高校野球の季節でもありますし。
「翼」のイメージ
むかしのNHK人形劇の「ひょっこりひょうたん島」には、いろんな劇中歌がありましたけど、『もしも僕の背中に翼があったらなぁ』という歌が良かったという声はよく聞きます。歌っていたのは博士(中山千夏)でした。この歌は、大事なことを急いで知らせてあげたいという場面で歌われてたみたいです。
赤い鳥というグループの『翼をください』という歌もありました。歌詞はちょっと漠然とした感じですが、グループ名も「鳥」ということで……。
空を飛ぶ歌といえば、荒井由実の『ひこうき雲』ですよね。歌詞には「翼」という言葉はありませんが、私が「翼」という言葉からイメージする一番の歌です。深夜に一人ひっそりと聴いていたら、怖くなってきたのをおぼえてます。あの歌はどう聴いても、高い窓から飛びおりて死んだ人のことを歌った歌ですし、でも綺麗な詩で歌うところが良いのでしょう。そうでなきゃ浮かばれませんからね。
私も若くして死んだ人のことを詩に書いたことがありますが、ちょうどお盆の季節ですし、ちょっと思い出してみました。