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パートタイムの王子さま

ポピーの花畑いつか必ず王子さまが現れる……
そんなふうに思っている女性は、今も変わらず多いみたいです。

鳩子にも王子さまが現れたらいいと思います。
けれど鳩子をさらってゆく王子さまは、やさしいだけではダメみたいで、世の中の古いしらがみを断ち切る勇気と革命性のようなものが必要なのかも。共働きも難しいですから、ある程度の経済力も必要です。

でも、そうでなくてもいいのかも。
パートタイムの鳩子にお似合いなのは、
パートタイムの王子さま。

(写真のバックのお花畑は、たぶんポピーの花だと思います。芥子の花のなかまみたいです)


ある男の子

物思い年齢の近いイトコの男性がいて、子どものころは、あたしととてもよく似ていたらしいのです。
高校生のころ彼に会ったとき、彼は当時バミューダパンツといっていた、つまり膝下くらいの半ズボンのことですけど、それをはいていて、そこから見えたふくらはぎは毛深くてごつごつしていました。やっぱり男の子だったんですね。手もごつごつしてずっと大きく見えました。
2〜3年前に会ったときは、彼の顔はゴルフ焼けして浅黒く、痩せているのに背中をかがめて歩いていました。あたしと似ているところはもうあまりないみたいです。


星のイヤリング 3

人魚(2004/12/22のページが消えていたのでここへ復活します)

 月の光がわずかに射しこむだけの暗い夜の湖底に、突然ゴゴーッという轟音が響き渡りました。湖底を進んでいた からす丸の黒い船体は大きく揺すられ、船の中の三人の少年たちは、驚いて一つに抱きついてしまいました。
 船の中央で操縦するサワカ少年に対して、左右から、少女のカレンと、少年のコロニンが抱きついてきたのです。このとき初めて三人のからだが触れ合いました。
 しばらくしてコロニンが窓の外を見ると、白っぽい煙のような筋が横になびくように伸びているのが見えました。以前に見たことのある光景です。それは湖間地底運河のトンネルを抜けてアトヤ駅の方向に過ぎ去って行った、ムーンライト・マリンエキスプレスの軌道上に残された細かい泡つぶの煙でした。
 ──夜行列車が通る時間だったんだ。トンネルが近いとすごい音がするものさ。
 サワカがそう言うと、カレンがうなづきました。
 ──人がたくさん乗れる大きな船が通ったわけなのね。でもぶつからなくてよかった
 すると再びゴゴーッという轟音とともに、からす丸の船体はそっくり白い泡つぶの煙に包みこまれてしまいました。
 ──今度は下り列車かしら、でも煙のつぶって綺麗ね
 コロニンがそうつぶやいたように、たくさんの泡のつぶは湖底のわずかな光を反射して神秘的な光を放ちながら頼りなく浮遊していました。しかし船は視界を泡にさえぎられ、思わぬ場所へと流されてゆくのでした。

(これは「星のイヤリング」第3章の初めの部分になります。こうやって少しづつ書いてゆくのもいいかも)


鳩子の書いた物語と詩

見学鳩子のブログやHPのエッセイのテーマは、たくさんの人が取り上げてますから、他の人のを見てヒントをもらったりします。
詩や物語はどうかというと……、
まず物語については、いわゆる「女装(じょそう)小説」は申し訳ないけど読んだことありません。昔みた挿し絵の印象が、中原淳一の絵のような少女の顔に若いやせ型男性のからだで、私は顔もからだも半男半女に近かったので溶け込めなかったというのもあります。たぶんリアリズム描写が多そうなので、そういうのも私はダメかも。
HPに載せた『星のイヤリング』はSFの形式になりました。童話とかそういうふうにしか書けないと思います。沼正三の『家畜人ヤプー』もSF形式で神話パロディーが入ってるところなんかを、ちょっと意識しました。

詩については、トランス系の人で詩を載せてるページは、見つけたものはたいてい読みました。短歌を書いてた人、名前は忘れましたが、けっこう良い作品でした。でもほかに見た範囲では、リアリズムで私小説ふうのものが多いみたいです。
どうしても男→女のプロセスが書かれてる感じで、永久に男をひきずってしまいそうで、私にはそうは書けないわけです。
「パス度」の問題にしてもそれが量的なもので常に努力を怠らず上昇して行かなければならないものと考えてしまうと、カンペキそうに見える人でもやっぱりどこまでも男をひきずってしまうのではないでしょうか。……ここで今日見たページ、北陸にお住まいの理生(りお)さんという人のページに気になることが書いてあったのを思い出しました。
「医学的に言うと完全な男性・完全な女性 そんな人は数えるほどしか居ないって言われている」
だから「完全な女性」をめざすというのはおかしいことになるわけです。

そういうわけで鳩子の詩は、女状態から起った空想や回想の世界へトランスしてゆくことから始まるわけです。回想の中に少年が登場することもあります。読み終わって、なるほど作者は純女さんではないんだとわかるみたいな感じ。でも、違う書き方もしてみたいですね。


ホームページと詩作 その1

見下ろしたら鳩子のホームページは以前は写真ページが一番アクセスが多かったのですが、最近は読み物ページへのアクセスが多くなっているようです。中でも意外に増えているのが創作「ものがたり」のページなのですが……。
実はそのページの下のほうに、2、3か月前から「女装(じょそう)」「小説」という文字が説明に入ってます。「女装(じょそう)小説」で検索してヒットするようになっているのですが、検索される頻度のかなり高い言葉らしいですね。^^; 鳩子の「ものがたり」自体は「女装(じょそう)小説」の期待にそぐわないものかもしれませんけれど。ちなみに一番検索頻度の高いキーワードは「下着女装(じょそう)」らしいです。
とにかく読み物のページは需要があるということなのでしょう。

鳩子の関連のホームページは、薬物や心理療法や法制度に即すことによるのではない心の安定を求めて行くのがテーマです。それを求めながら過去の歴史をさまよって迷子になりそうなときもありますが、がんばってゆきましょう。

最近ホームページでアクセスの低いページが「詩集」です。新作がまったくないのが原因かもしれません。新作をアップしないといけませんね。
鳩子の詩作法について書こうと思いましたが次回にします。<(_._)>


森で出逢ったもの

森で ひんやりした森の中へ、急に飛びこんで行くと、
からだが急に冷えてきて、
カメラのレンズは細かい水滴におおわれてしまいます。
レンズに写し出されるものは、ぼんやりとした幻の世界。
そうやって森の中で幻に出逢うこともあるのでしょう。


翼の詩

青空 鳩といえば鳥。鳥といえば翼。
 詩集の中から、翼のことを書いたものを探してみました。
 Wishing Hatというのがあります。
「飛び立つ魂の身代わりになれたなら」という一節。
 なくなった魂が遠くへ行ってしまうという詩です。たぶん「つばさ」と言われて最初に思い浮かぶイメージです。

 「白翼黒翼」のYさんの詩には、もう二度と飛べないんじゃないかとか、片翼だとか、離れて行かないように君の翼を折ってしまいたいとか、そういうのがあります。けっこういいですよね。

 「ひょうたん島」の劇中歌で博士の歌った「もしも僕に翼があったらなぁ」とか、赤い鳥というフォークグループの「翼をください」という歌、翼があったら自由になれるみたいな・・・こういうのはもう恥ずかしくて書けないですよね。あの時代はそれで良かったのかも


鳩子の詩

○○館昨年9月4日のDiaryに似顔絵のことを書きました。写真なら「どこからどう見ても女の子だ」って、じっくり見てくれる人が多くても、似顔絵に描かれるとただの女の子の絵なので、あまり関心をもって見られなくなるというお話。
鳩子の詩集も、女の子になりきって書いてる詩はあえて載せてないのです。しょせん素人の書くものですから、そういうのでないものを載せたほうが独自の味わいを出せると思ったのです。でも今後は未定です。
女性の視線から自分の中の男性部分を見たり、少年の日を振り返ったり、それから今の視線から過去の自分を二重化して見たりで、二人の自分が出てくることが多いです。

昨年の9月、10月ごろのDiaryを拾い読みしてみたら、内容もわかりやすく、文章もやさしい感じがしました。最近ちょっと難解な文章が多いと思うので反省。
(当時のDiaryはhtml形式だったので、その日の記事を書くとき、前日のものにも目を通してわかりにくい部分は訂正してました。CGIやブログでは、それはしにくいのです)


傷つくことと失うこと(鳩子の詩について)

木の下 「けっきょく過ぎ去ってゆくものへの歎きや悲しみをやわらげるために、詩を書いているように思います。」と、某掲示板に書いたのは昨年暮れでした。
 過ぎ去ってゆくもの。失ってしまったもの。生きることは失うことの連続なのかもしれません。
 今ふうの言葉で言うと「傷つきながら」?、でも「傷つく」という言葉だけではあまり良い表現にはならないのです。「二人はいつも傷つけあって暮らした……」昔の青春の歌謡曲の詞ですが、傷つくということは、傷つけることでもあり……つまり相手を傷つけるわけです。そこに見えるのは息が詰まるような狭い空間で二人だけで向き合っているような関係。生きることは、遠ざかってゆくことの連続でもあるのかもしれません。「傷つけあう」という言葉は、誰かが1回使ったらあとはインパクトはありません。
 失ってしまったものや遠くへ行ってしまったものは、子どものときからたくさん感じてきました。そういうときは一人で泣きました。最近の大人はたぶん、泣いている子どもは可哀想だと思って余計な介入をしすぎるのでしょう。
 自分が傷ついたという認識だけでは、たくさん書いても似たような詩しかかけないのは当然です。でも失ったもののことを書くのなら、本当にいろいろなものを書けるような気がします。
 人間はやっぱり失うために生きています。もしそうでないなら、人生の最後の時を迎えたとき、一度に失うものがあまりに多すぎて、正常な心をたもつことはできないでしょう。だれもがいつかそういう瞬間に出会うとしたら、人が失うものの中で、いちばんのものは、自分自身だということになります。
 失うことをマイナスに考える必要もありません。私の中から離れて行ったものを恋人が受けとめたとします。そのときの恋人の様子を書くことは、私から離れて行ったものを書くことなのです。
 私の髪のなかには、自然に抜け落ちて私から離れて行ってしまうものがあります。小鳥が見つけて、巣を作る材料にするかもしれませんし、水に流されて長い旅をするかもしれません。
(→ 鳩子の詩集


ネバーランドのお姫さま 他二題

風船のネバーランドのお姫さま 他二題 --イツコとエツコ--
むかしの作文三題。ショートストーリーのようなものですね。

 ネバーランドのお姫さま
ネバーランドのお姫さま(お子さま向け即席ネバネバ納豆のことではありません。念のタメ)こと、ハットリ・エツコです。妖精の粉のおしろいをかけたら、お姫さまになっちゃった。これぞハットリ忍法なのよ。全国のピーター・パンおじさん(おにいさんも)からお便りがきたら、あたしもきっと飛べるようになるから、あなたはフック船長をこらしめてね。あたしもマストの上から石を投げます。さるとびエッチャンにだってまけないよ。シリめつれつでバカなあたしですが、チャーム・ポイントは、おシリなの。そんなことシリませんでしたなんて、いわせないわよ。

 月夜のデート
ドラキュラ娘のエッチャンです。エッチャンはあなたのをみんな吸い取っていい気持ちにさしてあげちゃいます。そうするとあなたもドラキュラになっちゃうけど、へんなとこに吸いつかないでね。ロケットごっこはねらいがかんじん。
 こころはいつもなつかしいドラキュラの時代に生きているあなた。月夜の晩にデートしてね。

 ハットリの翁
今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取る中に、パッと光る竹なほ一筋ありけり。あやしと思ひて寄りて見れば、筒の中光りたり。中よりパッと出でたるは、三寸ばかりのパット二つなりけり。そを取りて胸に当てたれば、たちまちに美しき乙女となりにけり。蜻蛉羽の靡ける衣に装ひて都に出でたれば、ももしきの大宮人もかへりて見ぬ人なく、帝の寵愛を賜はるに及びたれば、わが身を恥ぢて里に帰りけり。後、パットリの翁と名を改めけるは、今なる服部の始祖なりけり。

★注 即席納豆うんぬんというのは、当時、「ハヤシランドの王子さま」とかいうお子様向けレトルト食品のCMがあったころの話です。(12/11 ブログ)


私のママはウィーン生まれ(訳詞)

丘から今でも昨日の ことのようだわ
ママに連れられ 初めて行った
カーレンベルグの丘から 見たあの景色
ウィーンを愛する ことを知った日
これがウィーンよと あなたの街よと
指差すステファンドーム 流れるドナウ
古い家並み 別れていても
泣いちゃダメよと 歌ってた
ママはウィーンで 生まれたから
私はこの街が好き 私はウィーンが好き

今ではママも 年をとったけど
昔のウィーンの 美人のままよ
フランス美人の 燃える瞳も
トルコの淑女も なにかが欠ける
ウィーンの街の ウィーンの娘は
無邪気な心 やさしく微笑み
幸せだったわ ママのそばで
もうお別れね おやすみママ
ママはウィーン で生まれたから
私はこの街が好き 私はウィーンが好き

♪ ウィーン民謡の訳詞です。CDについてた歌詞カードの直訳を参考にしました。鳩子の詩集の「可憐丘公園の思い出」と情景が似ていたので、ウィーンの丘の名前をもじって「可憐丘公園」としたわけなのです。(11/28 鳩子のブログ)


雪女のうぶ毛

雪と椿山の影に降った雪は、雪女の凍りついたうぶ毛のように、こまやかで不思議な輝きをしています。雪に顔を埋めると少しだけ暖かい感じがした記憶を思い出してみて、顔を近づけたとき、厚化粧の自分に気がつきました。雪を見つめているうちに、なんだか、からだの芯から冷えてきて、軽いめまいを感じました。
(Hatopia鳩子のブログ 第1回書込より)


Hatopian Girl

鳩子Hatopian Girl とは、何のことかわからない人が多いことでしょう。あたしもわかりません^^ゞ
何か英語のキャッチフレーズを辞書を片手に考えてみました。新しく別の形で生まれ変わり、よみがえった女というイメージで調べてみたら……。
 The sweet memory rose into my mind.
 (あの甘い思い出がよみがえった)
このroseはバラではなく、湧き上がるという意味のrizeの過去形。rizeにはほかに出世の意味もあるそうですが、俗語で勃起の意味もあるようなので×です。
 I recalled the scene vividly.
 (その光景がはっきりよみがえった)
recall では欠陥品みたいだし、"recall girl"ではちょっと変。動詞ではなく形容詞を探したほうがいいのかも。
2、3日前にアルバム3「モノクロームの九月」をアップ


日記

道しるべこれも詩でしょうか? 古いものを貼り付けます。

あたしとデートのときは、
普段とぜんぜん違う人になってしまう人。
きっとこれがほんとのあなたなんだわ。
でもあたしは普段のあなたがどんな人なのかは何も知らないの。
ただときどき横を向いたときの瞳のなにげない動きから、
ちょっとだけ想像してみたりします。
女の直感はこうやってみがかれてゆくものなのね……。
……なんて日記に書けたりできるような
すてきな出逢いがもしできるなら、
あたしは新しい日記帳を用意して、
そして新しい恋も日記も、
三日で終わらぬよう、お祈りしなくちゃ。


ハイヒールの散歩

散歩 今日は各ページの右上に
「Home >> Diary >> 2004年10月」
といったガイド表示兼リンクを表示するようにしました。けっこう時間がかかりました。
 そんなわけで今日は、むかし某Q誌に投稿したメッセージを載せて終り。写真も古いものにしました。最近はハイヒールはあまりはきませんけど。

 「あたしのお出かけする公園では、散歩するのにハイヒールをはいてるのは、あたしくらいのものです。みんなズックで何人かかたまって足早に歩いてます。
 ハイヒールのかかとも、あたしのかかとも、今はとても傷つきやすい状態です。
 ときどきサンダルをはいてる子が見えたと思ったら、あとから男の子が近寄ってきて、恋人どうしみたいです。二人はこのあとどこへ行くのでしょう。
 あたしはため息一つついて、恋人募集のメッセージを書くことにしました。お手紙待ってます。」


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