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紫陽花

男の心は紫陽花なんだそうです。
七度変わる恋の色? 女の心もそうかもしれませんよね。秋になれば男心と秋の空なんて言うんでしょう。

ある夫の仕事場の庭に妻が紫陽花を植えたけれど、なかなか咲かなかったそうです。そのころ夫に愛人(あいじん)がいて、たびたびそこに通っていた時期でした。愛人(あいじん)が通わなくなった次の年、その紫陽花は初めて咲いたのだそうです。
紫陽花


今年の桜

今年の桜たまには撮れたて写真、……ということで、散らずに残っていた今年の桜でした。

スカートはギャザーが2段になってるのかと思ったら、そうではなくて、長いスカートの裾を着物を着るときのように中でたくしあげる感じで内側に縫い付けてありました。こういうのだったら自分でも直して作れるかも?(柄によってはしっくりこないかもしれませんが)


球春

温室プロ野球パリーグ開幕。まだお彼岸も明けてないのに、早いですね。
鳩子は子どものころの野球マンガの影響で、ジャイアンツびいきでしたけど、今は関心はありません。何日か前の新聞で、ジャイアンツのオープン戦のメンバーをみると、
1番・高橋由 2番・谷 3番・小笠原 4番・李 5番・ゴンザレス 6番・阿部 7番・外人 8番・小坂 9番ピッチャーで、
おどろいたことに……、生え抜きは高橋と阿部の二人だけでした。
でもふだんの買い物も地元の商店街の店じゃなくて、よそから来た大型店で買うことが多いですから、それと同じだと思えばいいわけなのでしょうか。ちょっと違うような気もしますけど、違いを説明するのはたいへんです


猫の日

猫2月22日は、なんとなく、にこにこ(=^・^=)
「猫の日」でした。
写真の人物の顔も、なんとなく猫に似ているような? 猫のように生きたいと思ってたからでしょうか。そんなころに、ちょっとだけタイムスリップの一日だといいですね。

忘れな草紙に「人気ページ30 第2回」を載せたのですが、こちらでは上位20は前回とあまり変わりません。こちらでアクセスの多いページというのは、忘れな草紙を始める前の記事ばかりです。毎日書いてたころの記事に内容がもの足りないものがいくつかあるので、書き直してみてもいいかも。


すみれの花咲くころ

すみれ(ビオラ)♪ すみれの花咲くころ
♪ 初めて君を知りぬ
いい歌ですね ^o^

もうすみれが咲いているのかしらと花壇に近づいてみたら、「ビオラ」と書いてありました。
外来のすみれの一種でそう呼ばれるものもあるようですが、どうもこういう名前は困ります。
「トランスジェンダー」という言葉もそうなのですが、そういう言葉にはまだ文化というものがありません。
だいいち詩になりません。
パンジーの黄色いのはいかにもパンジー(別名・三色すみれ)という感じですが、紫色の花はやっぱりスミレですよね。
ビオラというのは英語のバイオレット(violet)の違う国での呼び方なのでしょうけど楽器と間違えてしまいます。
写真の花壇の花は、温室で咲かせたものを植え替えたのだと思います。もっと在来種を育てることの努力も必要なのでしょう。


曲がり角

垣根の曲がり角垣根の曲がり角で、たき火。
そういのはもう見られなくなりました。

あたろうか、あたろうよ……、童謡では、「しもやけお手手がもうかゆい」と歌われ、そういえば思春期のころから、よくしもやけには悩まされました。
そのしもやけも最近はあまりありません。暖かい暖房の完備した部屋で過ごすようになったせいでしょうか。

お肌の曲がり角は、とうに過ぎている人でも、人生の別の曲がり角にさしかかっている人もいるのかもしれませんね。

むかしマンガか何かで見たのですが、曲がり角でパッと変身するシーンがあって、探偵マンガの追跡の場面だったのでしょうか、ぼんやりとそのシーンだけが記憶にあります。


サルビアの花

サルビアの花壇
10月に撮った写真を出し忘れていました。
赤い花が、サルビアの花です。
早川義夫という人の歌にもありました。♪いつも、いつも思ってた……♪

花言葉はあるサイトによると、
「全て良し、エネルギー」
別のサイトでは
「尊敬・燃える思い・私の心は燃えている・恋情・知恵・貞節・家族愛・すべてよし」

「全て良し」 というのが一年の締めくくりにぴったりです。

この記事で今年最後になるかもしれません。
今年も一年ありがとうございました。来年の鳩子もどうぞよろしくお願いします。皆様、良いお年をお迎えください。


秋の気配

赤い橋朝晩はめっきり涼しくなってきて、もうじき秋が来るんでしょう。
でも、からだは、とてもだるいような、夏の感覚のままなので、ちぐはぐな感じ。
そんなときは、どこかの高原にでも出かければ、秋を感じることができるのでしょうか。
今のまま、しばらくは、夏の名残りのけだるさに、ひたり続けるのもいいのかも。

写真は橋のそばでの後ろ姿シリーズになりました。


へたりこむ夏

灼熱暑い季節になってきました。
からだもだるくなったり、なにごとにつけ、やる気のおこらない季節ですが、夏休みは子どものころから大好きでした。そんなわけで今でも嫌いではないのです。
でもうだるような暑さは苦手です。ほんとうに倦怠感の季節。

このごろからだがだるくなってアンニュイで憂鬱な気分になることも増えました。いろいろ調べたり原因を考えるのですが、要するに、更年期障害? うつ病なのかどうかはわかりませんが、低血圧はそうとうなものかも。薬の副作用はないと思います。天然物だけしか飲んでませんから。

暑くて猫も床にへたりこんでいます。
床にへたりこむといえば、最近の若者はよく地面にへたりこんでますね。でもある本で読んだところによると、ちょっと前までは田舎の電車の中でよくオバチャンたちがゴザを敷いて腰をおろして輪になって歓談なんて、よく見かけたことだったとか。高度経済成長とともに生きてきた人には、そういうのが許せないらしいです。でも昔の日本人は、とくに出世欲があるわけでなし、そうやってのんきに暮らしてきたらしいのです。

電車の中といえば、女性のお化粧。谷崎潤一郎の小説にもそういう女性が出てくるそうですが、昔はよくあった光景らしいです。
写真は今日撮ったもので、露出過多の一枚を縮小しました。


藤の花

藤棚
5月も今日でおしまいです。
今月上旬に撮った写真。藤棚の下で。


立てば牡丹

白い牡丹花壇の別のところに立ってみたら、白い牡丹が咲いていました。
ちょっと日陰でした。

牡丹は芍薬と違って枝がたくさん分かれて横にも広がってゆきます。
花言葉は「恥じらい、富貴」。

明日は「百合」といきたいところですが、もう少し後の季節かも。
芍薬と牡丹と百合の共通するところは、やっぱり花の一輪が大きいとということでしょうか。華麗で、しかもどことなく品のある感じ。
http://www.eisai.co.jp/museum/herb/familiar/woman.html


すわればシャクヤク

芍薬花壇のわきにちょっとしゃがんでみたら、芍薬(しゃくやく)の花が咲いていました。

シャクヤクってこういう花だったんですね。
一輪づつまっすぐに立って伸びて咲く感じです。
花言葉は「恥じらい、はにかみ」。

花壇の別のところには、牡丹も咲いていました。


物思いのパンジー

パンジー公園の花壇にパンジーが咲いていました。
花言葉は「物思い」とおぼえてたのですが、いちおう調べてみます。
http://www.birthdayflower366.com/0201-0229.html
まちがいありませんね(^^)。↑このページは写真が綺麗です。以前見たあるページは、小さくて群生する花の写真も一輪だけのアップ写真で、花のたたずまいの感じがわかりにくかったのですが、このページの写真はわかりやすくて良いと思います。

パンジーが本当によく知られるようになったのは、小坂明子の「あなた」というヒット曲のころからかも??。歌詞に出てくるのは「白いパンジー」でした。それ以前はどちらかというと「三色すみれ」という別名のほうが、古い世代の人には親しみがあったのかもしれませんけど、今日のこの話はあてにしないでくださいね。


春のにおい

苔むすだんだん春らしくなってきます。
♪タバコのにおいのシャツにそっと寄り添うから♪……松田聖子の赤いスイートピーという歌ですね。20年以上前の歌です。タバコの匂いはいいとして、世のおじさまたちは、やっぱりからだのにおいを気にしたりすることもあるのでしょう。女性の体臭はそれで興奮する男性もいるらしいですが、おじさまのにおいのきついのは周囲には人気ないみたいです。
ある男性があるとき「男の風下にもおけない」と言ったそうですが、風下?、 においについてナーバスになってるのかもしれませんね。
ところで春のにおいといえば、湿った土の匂い、青い芽の匂い。摘まれてみたいふきのとう?

関係ないけど「鳩子ロマンス」より「鳩子トランスロマンス」というのはどうかなって思ってます。


春のときめき

春
ちょっとしたお出かけで、出かけるときでも、胸をときめかせていたころがありました。
まして季節が春めいてくるころだと、なおさらです。
歩いていても、輝かしいばかりの光。何かこれから素敵なことがおこるような予感。

それがこのごろは、やっとほっとする時間がとれたとか、心が安らいで、うんぬんとか、それはそれでいいのでしょうけど、何かもの足らない感じ。

むかし何人かのトランスの人にインタビューした記事を書いた人がいて、ある中年のトランスの人の「心のやすらぎを感じる」という言葉に接し、それは精神的な高いレベルの境地なのだろうといったことが書いてありました。「性の衝動」の一形態との予見を念頭においての取材だったのでしょうか、その時代はそういう見方をする人が多かったわけで、たとえば「フェティシズム的服装倒錯症」で検索すればその時代の風潮の名残りを感じるような記事に出会うこともあるかもしれませんが、それはともかく、記事を書いた人にとっては意外な発見だったというふうに読み取れました。意外も何も、そういうのは単に年齢からくるものなのでしょうし、若いから性衝動というのとも、今から思えば妙な感じです。
そういう精神的境地の話よりも、もう一度、ときめいてみたいですよね


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