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春のときめき

春
ちょっとしたお出かけで、出かけるときでも、胸をときめかせていたころがありました。
まして季節が春めいてくるころだと、なおさらです。
歩いていても、輝かしいばかりの光。何かこれから素敵なことがおこるような予感。

それがこのごろは、やっとほっとする時間がとれたとか、心が安らいで、うんぬんとか、それはそれでいいのでしょうけど、何かもの足らない感じ。

むかし何人かのトランスの人にインタビューした記事を書いた人がいて、ある中年のトランスの人の「心のやすらぎを感じる」という言葉に接し、それは精神的な高いレベルの境地なのだろうといったことが書いてありました。「性の衝動」の一形態との予見を念頭においての取材だったのでしょうか、その時代はそういう見方をする人が多かったわけで、たとえば「フェティシズム的服装倒錯症」で検索すればその時代の風潮の名残りを感じるような記事に出会うこともあるかもしれませんが、それはともかく、記事を書いた人にとっては意外な発見だったというふうに読み取れました。意外も何も、そういうのは単に年齢からくるものなのでしょうし、若いから性衝動というのとも、今から思えば妙な感じです。
そういう精神的境地の話よりも、もう一度、ときめいてみたいですよね


掲示板で使った画像

つつじ以前の画像掲示板を過去ログに保存するときに、画像サイズをかなり小さくしましたが、元の大きさの画像のいくつかを、この日記でときどき使うようになりました。
画像掲示板も懐かしいですね。
ときどきよそへ投稿した画像やコメントを自分で収集しています。たまに思いついたときにそうするだけなので、その時点で消えちゃってるのもあるのですが、大部分はそうやって保存してあります。

グーグルでイメージ検索というのがあって、「鳩子」で検索すると、220枚もの画像が検索されることがわかりました。ところがその半分以上は画像掲示板の過去ログの画像でした。過去ログの画像のうち半分は鳩子でない投稿者の人の写真なので、鳩子というキーワードからすれば変な検索結果になっています。「鳩子の15ゲーム」の細切れ画像も検索結果に出ます。つまり、ページタイトルに「鳩子」とあるページの画像や、ページ内に強調文字で「鳩子」とある近くの画像が、結果に出るということみたいです。修正したほうが良いのかも。
 ※2/24 掲示板ログのページを、修正しました。スタイルシートの1ヶ所と、他に少しの変更です。

今の掲示板、先週からデザインを変えました。画像も貼れるようになって、背景が勝ちすぎてたような感じでしたので。


今年の春物スーツ

春物スーツ今年の春物のスーツ、襟が丸みをおびた柔らかいラインになっているのが多いみたいです。
11号サイズですが、ちょっとこのモデルさんはダイエットが必要かも。
まだ寒いので、うえすとにっぱーのところがかゆくなったりして、はずしたあとの写真ですけどね。ちょっとあたまが切れてます。

先月買ったのはジーンズをつぎはぎしたようなノースリーブのミニのワンピースで、よく見たら9号だったので着れませんでした。デザインがつぎはぎなので生地をつぎはぎしてもいいんでしょうけどね。

そういえばもうバレンタインなんですね


ためいき

さいきん買うスカートはウエストがゴムになっているのが多いような気がします。たしかにそれならまちがいはないのでしょうけど……、
それはともかく、最近着るものにこまってしまうようなことがあります。若いころは何も考えずに着たいと思ったものを買って着て、それがまあまあ似合ってたわけです。さいきんは年相応ということも考えなければならないし、かといってあんまりとしよりじみたものも変ですし、いろいろ考えてしまうわけです。年相応でカジュアルなものというのは、むつかしいのかもしれません。ちょっとお金がかかっても良いものを買わないといけないのかも。ちょっとためいき


オクテの未来

ブランコ吉行淳之介のエッセイで、男性が一生のあいだにおこなうセックスの回数は決まっているのではないかという話がありました。だとするとオクテで始めが遅かった人は、高齢になっても元気で、喜ばしいことでしょう。

トランスのばあいのオクテですと、一生うろうろしなきゃならないようなところもあるのかも。
若いころから男性として社会に出たりとすると、ガールフレンドもできてしまいます。それで20代のころ初体験もあったりで、でもセックスってこんな味気ないものなのかしらと思ったりして、年月が過ぎて、30代になってひょんなことから女性として男性と初体験したりします。そして何度めかに気持ちいいという感覚を感じてしまったりします。

行動的な性格ではないので自分は思慮深いほうなのだろう、知性派なのだろうと思ってきたのが、からだの感覚という否定しがたい事実の前に、それまでの自分が崩壊してしまうような感じになります。思慮深いというよりも、優柔不断なために初体験もここまで遅くなってしまったわけなのですが、すぐに40代になって、もう後戻りできないような社会生活の中にいることに気づきます。

けっきょく今できることは、若き日の迷いを一つ一つ惜しむことなく思い出してあげて、今にやさしく包み込んであげること。そして今の迷いも、いつかそういうやさしさに包まれる日がきっと来ることを信じて、毎日をすごすしかないのかも。


ホームページでほっとして

雪と椿シーメールのアダルトサイトを見た感想ですが、胸もお尻も女性そのまま、あそこさえ見せなければ普通の女性に見えるのですが、普通の女性では普通すぎて面白みがないので、見せるわけなのでしょう。

鳩子の詩集も、普通の女性が書くようなものでは、当たり前すぎるので、普通の女性が書いたものではないことがわかるように書いているわけです。それだけで何かオリジナリティがあるようにも見えるからです。
コラムもトランスねたが多くなります。でもこれはもう少し考えなおしてもいいかもしれません。

手塚治虫のマンガは変身ものが多いですが、完璧に変身したことの表現よりも、変身してゆくプロセスに作者の関心があると作者ご本人も述べていました。いわゆる「女装(じょそう)系」の個人HPを見たとき、メイクしたり衣装を選んだり、プロセスばかりに関心があるように書かれていたことがあって、その人は手塚治虫に似ているのかも?。いわゆる「GID」系のサイトでは、長い時間をかけての医療的な「変身」のプロセスが書かれることが多いのです。法制度の変遷のプロセスにしても一種の技術解説といえなくもありません。

鳩子のばあいは、そういうプロセスということではなくて、やっと自分にもどれてほっとして、ものの見方も自由に見られる感じです。いろんなものに語りかけることができそうな感じ。それで、もっといろんなことを知りたいと思っています。


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