『性の用語集』
現代のさまざまな性の問題について、約50のキーワードをめぐっての小論文集であり、性についての言葉の語源や意味・使われ方の時代的な変化の様子を解説する「辞典」でもあります。
たとえば「女装」という言葉については、「それは当然男性の行為で特殊なセクシャリティによるもの」といった今の使い方は、1970年代に広まった新しい用法であるとか、「ゲイ」は、終戦後の日本で生まれた和製英語で、のちにアメリカへ渡って逆輸入されたものである可能性があるというお話。また「ニューハーフ」については、その言葉をめぐる何人かの人たちのドラマも紹介され、そういった時代を本を読みながらわたしたちも体験できるかのような、面白い本でした。
以上の女装
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2004年12月のBBSより
今日21日、本屋さんへ寄ってみましたが見あたりませんでした、というより装幀が変ったことが頭になくて見落としたかも。以前の杉浦康平のブックデザインは好きだったのですけど……。
本を入手しました。「性の用語集」の三橋順子さん執筆の部分は、小論文形式の百科事典のような書き方で、読み手をひきつけるものがあると思います。
「女装
リンク集改訂
白翼黒翼のユキさんのリンク集で、コメントの全面改訂が始まってます。相互リンクは急ぎのときも多いですし、各HPの内容も少しづつ変っているところもあることでしょうから、良い配慮だと思います。改訂後は各人の詩の一節を引用して紹介する形式になるようです。リンク先のページをたくさん読まないとできない作業です。
そこでこちらから白翼黒翼へのリンクのコメントも同様にしてみました。幼いころのへ思いを壊れたおもちゃに語りかける詩でした。
そういえば鳩子も古い思い出にこだわるタイプです。HPを始めたころのページもいまだに修正を続けています。たまに日記まで推敲してしまいます。
MTF+純女 相互なかよしWebRing 2005年01月26日(水)
申し込んでおいた「MTF+純女 相互なかよしWebRing」から本登録していただきましたので、バナーをはりました。最近のBBSでは純女さんお二人とリング参加の人計3人の書込みが印象的だったものですから・・・
投稿しなかった原稿
むかしある隔月刊の雑誌に、毎号短いメッセージを投稿してたころ、書いてみたけど投稿しなかった原稿のうちの一つ。
「何年か前のこのコーナーのわたしのメッセージを読み返していると、ほんとになんてかわいい女の子なんだろうと思っちゃう。へんなわたし。でも自分の写真にうっとりするだけがナルシズムじゃないのよ。なくしてしまったバックナンバーが何冊もあって、集めなおしたい気もするけど、どんな言葉もその都度1回きりで消えるもの。わたしの恋と同じだと思って、あきらめてるの。」
軽石くん
空気が乾燥する季節です。火の元にはご注意を。
この時期は足のかかとのあたりがちょっとすべすべとは言いがたいので、たまにですけど軽石くんのお世話になります・・・。
SM談義
2、3日前ぼんやりテレビを見ていたら、サドとマゾについてコメントしていました。最近はお茶の間でもそういう言葉が聞かれるわけです。そのコメントでは、自己の快楽を追求するのがM、広い視野に立つのがS、ということでした。そういう見方もあるのかなというか、今風なんだろうなと思いました。
学生のころ読んだ小説や文芸評論などでは、一般に女性はサド的であり、男性はマゾ的な傾向があるというのが普通の認識でした。男性は働き蜂のように滅私奉公型のタイプが多く、女性は女王蜂で自分のホームグラウンドを守り支配するものという見方なのでしょう。SM論は一種の女性論・男性論として文学青年たちにも好まれましたが、日常の市民生活の中での話題になるようなことではありませんでした。
その後、日本の映像ポルノの世界では、写真集でマゾを演じるのは女性ばかりです。やはり女性の写真集でなければ売れないからでしょう。そして最初からそういう写真集だけを見てきた世代の人たちは、SMとはそういうものだと考えるほかはなく、Sをつとめるのは男性的で「広い視野」といった見方をするようになるのでしょう。今のM系の写真サイトを見ると、「自己の快楽の追求」という言葉に説得力を感じてしまいます。しかし本来のエロスは知的なものでなければならないはずです。映像優位の社会における一つのバリエーションといったところなのでしょうか。
男女の差の大きい時代
子どものころ、わたしが見た田舎の30代の女性たちは、いかにもオバサンにしか見えず、ときどき見かける派手な服装やお化粧の人は特別な職業の女性でした。今の女性たちはみんな綺麗に着飾って、とても魅力的に見える女性が多いです。
むかしのオバサンはたまにしかお化粧はしませんでしたから、少しこざっばりしたオジサンと見比べてみても、見た目の違いは、髪の長さや着てるもの……、そんなに大差はなかったわけです。胸の大きい女性も少なかったです。
江戸時代には男性も髪が長くて、髪の結い方が違うだけです。たぶん現代ほど、女性と男性で見た目の差が大きい時代はなかったのかもしれません(男性が額の上を剃るのは大きな違いですが)。服装は和服、これは巻きスカートのワンピースです。
新しい時代になって、男性だけが髪を切り、スカートの一種である和服を着るのを止めました。
見た目の男女の差が少ない社会では、トランスするのも容易だったかも。ほとんど髪の結い方を変え、服装を変えるだけですむでしょうから。
日本の文学、特に近世以前のものでは、美しい女性や少年をどう表現したかというと、肉体的な特徴にはあまり触れず、身につけているもの、服装や装飾品などについて実に細かく描写するのが特徴なのだそうです。目がパッチリ大きかったとは書かず、絵画でも伏し目の表情で描きます。百人一首の絵札のお姫さまたちも、顔かたちで区別することはできず、衣装で身分などがわかるらしいです。衣装や髪型を見て、位の高い人だとか、職業や社会的役割がわかるわけです。性別というのも、じつは衣装や髪型だけで判断しています。性別にしても、職業にしても、どちらも同じ次元の「社会的役割」として見られたようなところがあります。
だとすれば男性に生まれ女性として生きてゆくことは、より容易な社会だったことでしょう。
明治以後の社会でも、子どもたちについては、あまり男女の差はなかった時代が続きました。けれどだんだんと大人の服装の影響が浸透してしまいました。
阪神大震災とアルバム
阪神大震災10周年のニュースをやっていました。倒壊した家からたった一つ持ち出したものは家族のアルバム、という人が多かったそうです。アルバムには2度と帰ってこない家族の幸せそうな姿を写した写真。
50年以上前の時代には、こういうときに何をさしおいてもいちばんに持ち出したものは、ご先祖さまの位牌だったそうです。時代が変りました。
でもその二つには共通項があります。それに向かって語りかけたときに言葉が返ってくる、または返ってきそうな感じがするという点で、二つは同じようなものなのかもしれません。
鳩子のアルバムはネット上にもたくさんありますから、まずはひとあんしん。
トランスジェンダー哀歌
鳩子のホームページをYahooのカテゴリに登録申請しようと思ったことがあるのですが、例によって分類に困りました。1つの候補はここです。
健康と医学 > メンタルヘルス > 病気、症状 > 性同一性障害
やっぱり病気の扱いになってますから、病気でない人が申請してもだめでしょう。見ると「ホルモン日記」のようなコンテンツがあるところが多いようですが、そういうのはあまり読んだことはありません。なにか男性の「性衝動的」な関心で読まれることも多いのではないかと心配です。GID認定基準をめぐる記事なども、なんとなく重苦しくなる感じがします。
もう1つはここ。
生活と文化 > 性 > 性行動の種類 > 異性装
AさんやCさんも載ってますが、ほかのサイトの紹介文はいかにもフェティシズムという感じ。「性行動の種類」という同じ分類の別の項目を見ると、いかにも男性の性的好奇心そのものというか、男性のそういう嗜好も悪くはないのでしょうけど、それだけが分類基準というのはちょっとさみしい感じ。
結局のところ場所がありません。文学や歴史のテーマを前面におしたてていけるだけの内容があれば良いのですけど・・・・・
忘れずに
昨日の昼間に、新しい詩の一部を思いついたのです。でも忘れました。メモにとっておきませんでした。前にも何度かこういうことがありましたよね・・・。
あたしはそれほど方向音痴ではないと思っていたのですが、最近はちょっと違うみたいです。外を歩いてると、通りに新しい建物が建っているのに、別の古い建物が建っていたころの思い出が優先されて、新しい風景を認めたくないようなそんな感じになることがあります。年のせいかもしれませんけど。以前そうでなかったころも、風景の記憶をしっかり目に焼き付けていたから、あまり迷子にならなかったのでしょう。
collageのアイデアを忘れずにここに書いておきましょう。
1つは、雑誌の表紙のパロディ。アップの顔写真の周囲に今月号の内容がたくさん書いてあるものですが、その文字の雰囲気をどう出すかで時間がかかるように思います。古い少女雑誌のイメージなら写真はもう決まってますね、あれしかないみたいな・・・^^;
もう1つは、観光地によく立ててある顔ハメ。伊豆の観光地にある伊豆の踊り子の看板のような絵に、顔のところが空いているので自分の顔を貼りつけるだけですが、自分で出かけてないので本から写真を借りられないかどうか思案中。
トランスジェンダー哀歌2
何日か前にどこかで、「女性になることよりも、女性として何ができるかが大事」と書かれたページを見ました。つまり女性になることは目的ではなくて手段だということなのでしょう。
男女のあいだでもSexは目的ではなく手段であることに異論はないと思います。愛にとっての手段です。そう考えてくると、性行為だけでなく、性に関することはすべて手段だということになります。それがなくては成り立たないような重要な手段ではありますけど。
性の目的は子孫を残すこと、というより、恋人や配偶者だけでなく、子どもにも愛情をかけるのが目的なのでしょう。子どもができなくても別のものに愛情をかけることができます。ペットでも良いのでしょうが、濃密な関係は子離れまでで終わりにしなければなりません。たとえ何かはっきりしないようなものであっても、メッセージが伝わって、小さな反応があれば、喜びは何十倍にもなるのかもしれません。
女性になるのが目的なら、その人は女性ではないことになります。「当面のあいだは第一義的に考えて……」というのも、けっきょくその状態が固定してしまうことは政治の世界などではよくある話です。
目的というのは、手段によって毎日確認しなければ本当に壊れてしまうような繊細なものなのですが、何か将来あるべき立派な想像図が提示されたりすると、その目的のためには何をやっても許されるかのような心の荒廃が始まってしまいます。
鳩子らしさ
昨日のマニキュアの話、なかなかテクニックの話にならないのが鳩子らしいのかも。すぐに役に立ちそうな感じの記事というのはホームページのコンテンツにはあまりありませんよね。かといって男性のフェティシズムを満足させるようなのも少ないし・・・。男性に読まれることは意識して書いてはいるのですけど。
鳩子のホームページでは、あまり明るい未来を語ったり、そういうのを目指そうという視点があまりないのかもしれません。詩集は過去を振り返ってばかりですし、でも何故、鳩子のような子がいるのかということはずっと考えて行きたいと思っています。歴史は常に進歩するものともかぎりませんし。季節が何十回か繰り返して、そして鳩子も死んでいって、でも鳩子のことを憶えていてくれる人がいたら幸せです。
病気ではないと思うので所謂GIDではないのかもしれないですし、所謂「趣味の女装
マニキュア
最近はあまり時間がとれないせいか、メイクにも時間をかけないし派手なマニキュアというかネイルカラーもしなくなりました。ゆっくり時間をかけていろいろやってみたいですね。
ずっと前、「指切り1988」の写真のときは、真っ赤なマニキュアをつけたら、指先の表情がとても良い写真ばかり撮れました。よく似合った服装なら歩き方も自信に満ちてくるなんて言いますけど、マニキュアで指の表情も伸びやかになってくることもあるのでしょう・・・・
comment 2005/01/08 by setuna
あたしの場合......
赤や....オレンジ系.......
試してみたけど......気にいらなくって.....
よくよく磨いて......
ベースとトップコーティングのみです......
例えば....お肌や髪のお手入れ.......
その他もろもろ......
ふつう女性が.....ふつうに......
気をつかっている部分って.......
とっても......大切.....だと思う......
そう云うことをしているとき......
あたしは.....なんだか.....
とっても.....おちつきます......(^^♪
あたしは......
GIDにしろ.....女装
いずれにしても......
自身とは.....離れた.....向こう側の......
話題だと.....思っています.......
だって.....
ひとの口に蓋はできませんですもの.......
あたしは.....ふつうに......"Setuna"です〜っ......
だいすきな Kaneko系だって.......
けっこう.....ふつうに女性なら.......
着てみたいFashionだと思いますし.....
ブレイクしていた頃は......普通だったんですけどね〜......(^^ゞ
んでっ.....今日の神様のお言葉.......
"だまりばかは....3年わからない" (*^。^*)
comment 2005/01/09 by Hatoco
だいたいその通りですよね。「普通に」という言葉が何度もありますが、あたしも自分はけっこう普通だと思っています。たぶんそうでしょう。
「あたしはあたし」でいいんでしょうけど、自分を周囲に合わせるような努力もする場合もありますが、その中にあたしを見失わないあたしもいるんですよね・・・。
古着
インド洋の地震の被災地や、そのほか着るものにも困っている国に、古着を送れないかしらと思うこともあります。
飽食日本に住み、サイズの合わなくなったものがたくさんあります。
でも荷物を送るには匿名ではできません。電気屋さんの電池回収ボックスのようなものが、古着屋さんの脇にあればできるかもしれませんが……。
